アウディの歴史 – エンブレムに隠された4つの輪の由来とは?
エンブレムにまつわる4つの自動車会社
アウディのエンブレムはフォー・シルバー・リングスと呼ばれる4つの輪を重ねあわせたものですが、アウディの歴史を紐解くと、この4つの輪の由来に行き着きます。
元々このエンブレムは世界恐慌の最中、1932年にヨーロッパの自動車会社4社が合併して設立されたアウトウニオンのものでした。この4社とはヴァンダラー、DKW、ホルヒ、そしてアウディです。
ヴァンダラー
ヴァンダラーは1885年にドイツザクセン州のケムニッツで自転車の輸入や修理を行っていたケムニッツアー自転車倉庫社に端を発します。
この会社は1896年にヴァンダラー自転車製造として自転車製造を開始、1902年にはエンジン付きのバイクを、1913年には小型車の製造販売を開始していました。
DKW
DKWはデンマーク人のラスムッセンが同じケムニッツで1906年に設立したラスムッセン&エルンスト有限会社に端を発します。
ラスムッセンは蒸気駆動の自動車開発を試み、結局は失敗したものの、蒸気自動車を意味する「dampf kraft wagen」の頭文字を取った”DKW”に「Des Knaben Wunch(若者の夢)」という意味合いを持たせ、1918年に自転車用の後付けガソリンエンジンのブランドとしてDKWを出発させます。
大戦後の不景気の最中、DKWの小型エンジンは大ヒットして2輪車メーカーとして急成長、1928年には4輪車の開発にも進出しました。
ホルヒ
ホルヒ社はベンツ社の工場長だったアウグスト・ホルヒが1898年に独立して設立した自動車製造工場が、そのおこりです。
当初は自動車の修理を行っていましたが、自社設計の自動車製造は1901年から着手、4輪車メーカーとして成長しますが、過剰品質やコストを軽視した技術投入を行ったホルヒは出資者と対立、1909年にホルヒ社から追い出されてしまいます。
創業者がいなくなったホルヒ社は高級車メーカーとして頭角を表し、メルセデス・ベンツやマイバッハ・ツェッペリンと並ぶ存在感を発揮しました。
アウディ
一方でホルヒ社から離れたホルヒは新しく「ホルヒ」社を作り自動車製造を開始しますが、ホルヒ社側から名前の使用を差し止めらてしまいます。
そこでホルヒは自身の名前の綴り、Horchの由来であるHorchen(聴け!)のラテン語訳であるAudiを社名としました。こうして生まれたのがアウディです。
創業者のホルヒは1920年に経営の第一線から離れるまで、ホルヒ社とは異なりスポーツカーを中心としたラインアップを送り出し、その後もアドバイザーとしてアウディやアウトウニオンへ関わっていくことになります。

「アウディは4社が合併した会社だからエンブレムは4つの輪」だと人に教えたことはありますが、各々どんな会社だったかは知りませんでした。歴史を紐解くとなかなかどうして、4社どころかドイツの自動車産業が勢揃いする感じですね。とても勉強になって面白い記事です。
これだけ有名な会社なのにエンブレムの由来を知りませんでした。勉強になりました!