BMWの歴史 – 独立メーカーとして歩み続ける確固たるプライド

スポンサーリンク

ラインアップ確立と、いくつかの失策

クヴァント一族の支援により一命をとりとめたBMWは、1961年にノイエクラッセと呼ばれる完全新設計の乗用車の発売に成功、ノイエクラッセはヒット作となり、BMWは急速にその地位を高めました。1966年にはノイエクラッセの派生車種として、2ドアセダンである「02シリーズ」を販売、スポーツセダンと呼ばれるジャンルを確立します。ノイエクラッセは1972年に「5シリーズ」に移行、メルセデス・ベンツのコンパクトクラスの好敵手となり、1975年には「02シリーズ」が「3シリーズ」に移行し、BMWを代表するモデルとして成長を続けました。

BMW 2002 Turbo group 2 (1974年)

その他、ノイエクラッセベースの上級クーペの系譜が「6シリーズ」に移行、戦後直ぐに手掛けて失敗していた高級車は「7シリーズ」として再出発し、BMWはメルセデス・ベンツの主力車種に対抗するだけのラインアップを揃えます。ここに、スポーティーな乗用車を販売するブランドとしてのBMWの立ち位置が確立したと言えるでしょう。

ラインアップを確立する一方で、BMWには幾つかの失策もありました。1970年代には関連会社のBMWモータースポーツがレース参戦を前提にスーパーカー製造を画策、イタリアのイタルデザインやランボルギーニ、ダラーラなどの複数の企業と協業しますが、開発に時間が掛かり過ぎ、本命のレースに参加できずに終わるという失敗作に終わりました。このときBMWはランボルギーニの買収も試みますが、買収出来ないばかりか提携解消に至るという事態に陥っています。

1990年にはイギリスの航空機用エンジンメーカーのロールス・ロイスと合弁でBMWロールス・ロイス社を設立するも、航空機産業からは2000年に撤退しました。

同じ名前ながら会社としては分離していた自動車メーカーのロールス・ロイス・モーターズとは1992年以来から提携、ヴィッカーズからロールス・ロイス・モーターズからの買収を目論んでいましたが、VWグループから横槍が入り買収に失敗、結局「ロールス・ロイス」という名前のついた開発製造を行う権利しか手に入りませんでした。

一方で1994年にはホンダとの結びつきが強かったローバーグループに対して、横槍を入れるカタチでブリティッシュエアロスペースから買収しますが、舵取りは上手く行かず、買収から僅か6年後の2000年にローバーグループを分割、ローバー部門に至っては10ポンドで売却するという悲惨な結果に終わり、BMWの経営状況は悪化しました。但しこの際、BMWはグループのランドローバーからSUVのノウハウを吸収したほか、Miniブランドを手元に残して後年再出発させることになります。

>>次ページ
車種展開と新しいブランド展開

1 2 3 4 5

この記事へのコメント 3

  • Zenn のプロフィール写真 Zenn より:

    BMWは航空機が母体でWW2後に自動車に転換したんですね。日本のスバルに歴史が似ていますね。そういえば水平横置きのエンジンや吸気口のデザインがどことなく似ているような。

    2
  • いくじむ のプロフィール写真 いくじむ より:

    車メーカーの歴史って面白いですよね。トヨタもそうですけど。

    独立ブランドっていうのは大事だなぁと思うと共に、ヨーロッパの自動車ブランドの熾烈な争いを感じました。

    1
  • kisetu-ju のプロフィール写真 kisetu-ju より:

    ドイツ車は男性があこがれることが多い。そんなことはありません。女性でも車に興味を持っているとドイツの車にあこがれます。外見だけでなく、やはり車の重みというか質が良いと感じます。安全性、進化など日本にはない独自の味がどの車もあります。アウディー、VWなど乗りやすく私は好きです。

    1

感想・意見をみんなと共有しよう!!

Kotaro Harakawa のプロフィール写真
writer, medical doctor, JAPAN MENSA member


関連記事

このページの先頭へ

Social Media Auto Publish Powered By : XYZScripts.com
ツールバーへスキップ