ムスリム難民 vs.ドイツ人?宗教のちがいが生む歪み

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信仰によって難民を区別すべき?

難民申請者の7割以上がイスラム教を信仰していて、ドイツ人がイスラム教に対しあまり好意的に思っていないのはわかりました。予想通りと言いますか。

ですが宗教なんて、信仰していない人にとっては所詮理解不能なもの。当然といえば当然です。

問題は、「イスラム教にいいイメージはないけど、信仰によって難民受け入れを区別すべきか」というところです。キリスト教は仲間だから受け入れるのか。信仰なしの人は邪魔にならないから受け入れるのか。

ドイツ人は「イスラム教が嫌いだから、イスラム教を信仰している人を受け入れたくない」と思っているのでしょうか?

難民を受け入れるときに、宗教を基準にするべきか?http://de.statista.com

信仰によって難民の受け入れするかどうかを区別することに対し、賛成が18%、否定が77%と否定派が圧倒的です。

たとえあまりいいイメージを持っていなかったとしても、それは宗教の自由が保障しているといった理解なのでしょう。成熟した考え方に見えますね。それがお互いにいいかは置いておいて。

では逆に、イスラム教を主軸とするトルコを背景に持つ人は、ドイツに住んでいることに対してどう思っているのでしょうか。

ドイツ在住のトルコ人の、イスラム教に対する考え方https://beta.welt.de

これは「あちゃー」って感じの結果ですね。

イスラム教徒が「イスラム教は正しい!」と思うのは理解できますが、約半数が「ドイツにはもっとモスクが必要だ!」と言い、46%のトルコ人が「いつかドイツで、クリスチャンよりムスリムが多くなってほしい」と答えています。

「あれ、乗っ取るつもりかな?」と思った方も少なくないはずです。郷に入らば郷に従え、とはいえども、イスラム教徒がどんどん増えるドイツでは、なにが「スタンダード」になるのでしょうか。

イスラム教徒はドイツの敵か味方か

極論にはなりますが、ドイツで暮らすイスラム教徒は、ドイツの「敵」なのでしょうか、「味方」なのでしょうか。

ドイツの文化に親しみ、ドイツ語を操り、労働力として働き子供をもうけて人口増加に貢献する。そうすれば「味方」として受け入れられるかもしれません。ですがドイツでもなお自国の言葉で独自のコミュニティにしか入らず、ドイツの文化に合わせようとしなければ、「敵」になりえます。

受け入れようとしなければ受け入れてはもらえない。それはどんな人間関係でもそうではないでしょうか。

ドイツは難民に対し、「ドイツを受け入れるなら僕たちも君を受け入れるよ」と言えばよかったんです。ですがドイツは、「君たちの人権は保障するよ! どんと面倒を見てやるさ!」と言って難民を受け入れてしまいました。だから難民としても、堂々と「宗教はわたしたちの自由だ!」と言えます。

正直あまりいい感情を持っていなくても、人権尊重がなによりも大切なドイツで、「ムスリム嫌いなんで来ないでくださいい」とは言えません。にっちもさっちもいきませんね。

イスラム教徒とドイツ人のギャップは、埋まるどころか増していくばかり。そしてイスラム教徒の人口も増えている状況。このままどんどんと溝が深まれば、いつか反動がくることはまちがいありません。

難民を受け入れると決めたのであれば、彼らの人権を守らなくてはいけません。でも彼らの主軸はイスラム教。ドイツはこうなることをわかって難民を受け入れたはずです。それならば責任を持って社会的に受け入れなくてはいけません。

ドイツのイスラム教に対する宗教対策が、これからも注目されます。

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この記事へのコメント 11

  • shimpeif のプロフィール写真 shimpeif より:

    こういった宗教が絡んでくる問題について、いままでは「よくわかんないけど、仲良くすりゃいいじゃん」くらいにしか思っていませんでした。が、この記事を読むとそうもいかない複雑な問題を孕んでいると感じました。

    まず、ドイツに住むトルコ人の約半数が「ドイツにはもっとモスクが必要だ!」と言い、46%が「いつかドイツで、クリスチャンよりムスリムが多くなってほしい」と答えていることについて。率直な感想をいうと、「それ別に普通じゃね?」と思います。
    もし、日本人である私がドイツに永住すると仮定して、「ドイツにはもっと神社・仏閣が必要と思いますか?」とYES/NOで問われたら、【YES】と答えます。
    また、「いつかドイツで、クリスチャンより仏教徒が多くなってほしいですか?」と聞かれたら、【YES】と答えます。
    それは、何もドイツを敵視しているとか乗っ取りたいとかそういうことではなく、単にそのほうが自分が住む土地として過ごしやすそうだと思うからです。ドイツに住むトルコ人の方たちの気持ちも、案外こんな感じだったりするのではないかと思うのです。

    「じゃあ、敵対視していないのなら何も問題ないじゃないか?」というと多分そうでもないでしょう。
    田中角栄の言葉で「政治は数だ、数は力だ、力は金だ」というものがありますよね。
    数が増えれば増えるだけ力を持ち、後々政治に影響を与える可能性もあるということです。
    それが例え、ドイツに住んでいるトルコ人の方たちがいくら平和的で寛大な気持ちでいようとも、です。
    だから、平和的だろうと何だろうと「数こそ脅威」という意識がドイツ側、ひいてはEU側に働いているのだと思います。
    そのことが、難民問題をより複雑にしているのだと考えました。

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  • まいける のプロフィール写真 まいける より:

    ドイツは国家として宗教的な色を排除しています。これは日本も同様です。一方米国やイギリスはキリスト教の国です。しかし国民にキリスト教を強制はしません。そして雑多な民族が暮らす米国で宗教紛争は起こっていません。ドイツに関しても調査で示されるようにドイツ人はやはりとても理性的です。記事で危惧するような宗教紛争のようなことにはならないでしょう。日本は歴史的にももっと宗教には寛容です。もともと神道と仏教を両方うまく使い分け、キリスト教をも受け入れています。だから日本は難民を受け入れてもっとうまくいく要素があると思うのですが、いつの時代も政府は閉鎖的です。

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  • Zenn のプロフィール写真 Zenn より:

    「いつか反動がくることはまちがいありません。」その通りな状態になりつつありますね。キリスト教とイスラム教は相容れないでしょう。日本の仏教は理解しようという動きはあるようですが、いざ自分の身に降りかかったらどうでしょうか。

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  • あい。 のプロフィール写真 あい。 より:

    初めから、ボタンの掛け違いをしてたような感じです。
    帳尻を合わせるのは、難しいでしょうが。せめてその反動が。急速ではなく、もっとゆっくりなものになると良いですね。
    その間に、相互和解の案が出たらと思います。

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  • kisetu-ju のプロフィール写真 kisetu-ju より:

    ドイツは沢山の難民を受け入れておりたしかにイスラム教徒が多いことは分かります。宗教のちがいによって混乱が起きているかというと大きな事件は無いように思えます。それだけ誰でもが、どんな宗教を信じていようが寛大なのだと思います。
    宗教に間違い有りません。日本でもいろいろな宗教を信じている人たちがたくさん住んでます。平和をだれもが望んでいること良いところをお互いが認め合えればそれでよいのではないでしょうか?

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  • keiichi0218 のプロフィール写真 keiichi0218 より:

    日本の場合は新興宗教のイメージが著しく悪く、ステレオタイプ的に決め付けでそれを忌避している人も少なからずいます。思想・良心の自由が憲法にあるように、どちらかに傾くのは不自然に感じますが、実際に日本人の価値観を決めているのは個人個人の考え抜かれたものというより、メディア等で作られたものだと感じます。ただそれに沿っていったからといって幸せ、成功を手にするのとはちがいますでしょうが。

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  • ひで のプロフィール写真 ひで より:

    近代国家は政教分離が原則ですから政治的な意味で宗教色を出すことがないというだけです。だとしても、歴史的な影響までは排除できませんし、法制度や文化、習俗などにドイツ人はキリスト教色を、トルコ人はイスラム教色を残しているのは当然です。どちらの宗教も数世紀にわたって人々の内なる世界を形成してきたのですから、相手に対するイメージもそれぞれが自身について感じるイメージとは異なって当然ですね。
    それでもなお、難民を受け入れ、共存をしていくには…。非常に難しい問題です。

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  • kimura12548 のプロフィール写真 kimura12548 より:

    宗教的な国民の感情が、移民問題を難しくしているのは事実ですね。

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  • jpeg2016 のプロフィール写真 jpeg2016 より:

     人権をキリスト教と比較するなら、歴史的にはイスラム教の方が寛容という見解もありますが。

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  • 直人 東條 のプロフィール写真 直人 より:

    ドイツとトルコのそれぞれのイスラム教に対する考えの違いを見て、自分はトルコの意見に賛同するべきだと思います。なぜならドイツのイスラム教に対する考えがあまりにもひどすぎると思ったからです。
    ドイツがイスラム教を難民として迎えている中、シリア内戦などの問題が理由でドイツはイスラム教に対して特別な感情を抱いています。しかし、だからといってドイツがイスラム教のことをそこまで考えてしまうと、ドイツが今度、イスラム教と同じような結末を向かいかねません。いくら恨んでも何も生まれることはないと思います。
    トルコはイスラム教に対していい宗教のように考えています。たとえ昔から悪い宗教でも悪事を重ねてきても、難民に陥っているなら、少しは助けてあげるといった感情を持てば、イスラム教は優しい宗教になり、争いも減っていくようになると思います。

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  • supipi のプロフィール写真 supipi より:

    これは本当に根深い問題ですよね。
    イスラム教信者ははアッラーを唯一絶対の神と考えている(教義なのか一般論なのかは知りませんが)ために、お互いを認め合うことがより難しくなっているように思います。一方でドイツ人にとってはイスラム教の教義は受け入れ難いものであります。
    一般論では、宗教への依存度は生活が困難な時には高まって安定していると低くなります。今後中東を中心としたイスラム教の国々が平和に発展していくことによって、イスラム教のあり方も変わってくるのではないでしょうか。
    ドイツに暮らすイスラム教の二世・三世の若者たちも宗教に対して親世代よりも柔軟な考え方を持っています。
    時間はかかりますが、徐々に融和の方向へ向かってほしいですね。
    現状ではまだまだ反発が強いですが。

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雨宮 紫苑 のプロフィール写真
ドイツでジャーナリズムを学んでいます。ライターとして生計を立てるべく、目下奮闘中。ドイツ発のニュースや海外生活情報などをお届けしています。


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