オペルの歴史 – 業績悪化とGMとのつながり

Opel
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ミシンメーカーからドイツ1の自動車メーカーへ

オペルことアダム・オペルAGはドイツの自動車会社の中でも特に長い歴史を持ち、その源流は1862年に、創業者のアダム・オペルがミシンの製造を開始したことに端を発します。アダム・オペルは1837年、リュッセルスハイムで錠前屋を営むフィリップ・ウィルヘルム・オペルの長男として産まれました。

農家に生まれながらも父親(アダムの祖父)の意向でマイスターを志し、1代で店を構えたフィリップは息子にも錠前屋を継がせたいとアダムに機械工学を教え込みますが、アダムは錠前師になることを良しとせずヨーロッパを放浪しました。

最終的に21歳のときにフランスのパリに辿り着き、パン職人として生計を立てていたアダムは、当時フランスで発明されて間もないミシンに着目、複数のミシンメーカーを渡り歩いて製造設計のノウハウや既製品の欠点を学び尽くし、25歳になると故郷リュッセルスハイムに戻り、自身の名前を冠した会社を興してミシン作りを始めたのでした。

オペルは1866年の普墺戦争による軍服の特需や、1868年にアダムと結婚した妻ゾフィーの実家からの多額の持参金で順調に成長を続け、1886年には自転車製造にも乗り出しこれも大ヒット、しかしアダムは1897年に58歳の若さでチフスで亡くなり、オペルは弟や息子たちに引き継がれました。

安全自転車(1886年)

アダムの没後、自転車製造業は下火になり、その影響はオペルにも及びました。そこでアダムの息子たちは、自転車に代わる新たな事業として、内燃機関を持つ自動車の製造に乗り出すのです。

オペルが自動車開発の着手は1898年でしたが、ミシン製造で培った高い製造技術の応用や、フランスの先進的な自動車会社だったアレクサンドル・ダラックとの提携により、1903年にはヨーロッパ全土へ製品を輸出を開始するほどになりました。ダラックとの契約終了後は低価格なモデルの開発にも乗り出し、自動車の大衆化にも寄与、1910年代にはドイツ市場でシェアNo.1のメーカーに登り詰めたのです。

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GMへの事業売却

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この記事へのコメント 1

  • Zenn のプロフィール写真 Zenn より:

    オペルはミシン・自転車から出発して、WW2後はアメリカ(GM)が再建したんですね。保守的な設計を逆に売りにするというのが面白いですね。ドイツの自動車各社の歴史を紐解くといろいろと発見がありますね。

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Kotaro Harakawa のプロフィール写真
writer, medical doctor, JAPAN MENSA member


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