ポルシェの歴史 – フェルナンドポルシェが生み出す最高傑作

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水冷への転換と合理化、そしてVWブランドの一員へ

カイエン・マカンの投入、そしてVWブランドの一員へ

ポルシェが意図したような脱911は実現しなかった。悪化する経営の中で最終的にポルシェはFRを諦め、1995年、販売不振だった928と、944の後継として1991年に発売されたばかりの968を相次いで生産中止。合理化の上で人気車種への集約とラインアップ再編は必須となっていた。

一方で911についても、1964年の登場依頼、初めて全くのゼロから新規設計したモデルへのフルモデルチェンジを1998年に行い、リアエンジンのレイアウトは継承しつつも、これまで一貫して空冷だったエンジンは水冷へと改められることとなった。

先行して1996年にはミッドシップの2座オープンカーとしてボクスターが発売される。2座の小型オープンカーは日本のマツダ・ロードスターが復興させた市場でしたが、ポルシェはボクスターと911の間で部品の共通化を進めるなど、合理化を行った。このような方針転換は古くからのファンにとって、やはり批判的に見られることとなった。

とはいえポルシェの経営は著しく改善し、更にフォルクスワーゲンと共同開発して発売したSUVのカイエンもまた、懐疑的に見られつつも大ヒットとなる。特にカイエンはポルシェに大きな利益をもたらす結果となった。

一転して絶好調になったポルシェは、2005年頃から、出発点を同じくするフォルクスワーゲンを子会社とすることで、世界一の自動車会社へ躍進することを志すようになる。その背景として、フォルクスワーゲンは1990年代には急激に成長していたものの経営に非合理な部分は多く、利益率も著しく低いものでした。ポルシェはそこを是正して強力なグループを築くことを意図していた。

しかし2008年のリーマン・ショックがポルシェを一転して経営不振に陥せることとなった。中国市場に下支えされていて好調だったフォルクスワーゲンは、ポルシェを逆に買収した。そしてポルシェは、フォルクスワーゲンの中のプレミアムブランドとして、同グループに利益をもたらす存在になっている。

主力モデル911でのアルミ製の車体の採用や、低価格で小型なSUVのマカンの発売など、2010年代、ポルシェは変容の最中にある。1990年代には販売台数は年間4万台だったが、2020年には20万台が目標となっており、創業から90年近く経つ中で、ポルシェはその規模自体から大きく姿を変えつつある。

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ポルシェ歴史年表

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この記事へのコメント 3

  • Zenn のプロフィール写真 Zenn より:

    「ポルシェ設計の戦車」って見てみたいです。でもそのせいで刑務所に収監されていたとは、なんとも残念です。ダイムラーにも在籍していたんですね、ドイツの自動車産業の奥深さを感じます。(全く関係ないんですが、きょう偶然ポルシェ911と公道で並走したので思わずコメントしました。)

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  • まいける のプロフィール写真 まいける より:

    ポルシェはスポーツカーブランドとしては破格の生産量を誇っています。やはり耐久レースなどで抜群の成績を誇っていたことが影響しているのでしょう。それでいてF1には挑戦していないのは、F1の開発は量産車の開発にはあまり役に立たないとおもっているのかもしれませんね。

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  • リリオ のプロフィール写真 リリオ より:

    実はポルシェがドイツのメーカーとは知りませんでした。てっきりイタリアのメーカーだと思っていました。エンブレムがとことなくイタリアっぽい感じがするので…。

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Kotaro Harakawa のプロフィール写真
writer, medical doctor, JAPAN MENSA member


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