フォルクスワーゲンの歴史 – 国民車から世界一の自動車メーカーへ

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名門の買収と自社製品の高品質化

ベントレーコンチネンタルGThttps://ja.wikipedia.org

1980年代以降、フォルクスワーゲンは拡大路線に舵を切ることとなった。スペインのセアト買収を皮切りに、中国では上海汽車と合弁会社を設立、冷戦終結に際してはルノーとの提携に向かっていたチェコのシュコダを買収した。この方針に勢いをつけたのが1993年にフォルクスワーゲン会長に就任した、フェルディナント・ピエヒである。

フェルディナント・ポルシェ博士の娘で、ルイーズ・ピエヒの息子であるフェルディナント・ピエヒは技術者として高い手腕を持っていたが、会長就任以降はフォルクスワーゲンの拡大・高級化戦略の為に高級ブランドの買収を押し進めたことで知られるようになった。

フォルクスワーゲンの各車種は品質の執拗なまでの向上が図られ、またデザインや設計、パッケージングも、それまでの実用本位の設計から、趣味性を強めたものに変わっていくこととなった。例えば代表車種のゴルフでは、車体は横に広く、高さは低くなり、内装の雰囲気もメルセデス・ベンツやBMWを連想させる豪華な雰囲気に様変わりした。

また、この時期に傘下に収めたり商標を取得したメーカーやブランドは、イギリスのベントレー、イタリアのランボルギーニ、フランスのブガッティなど、名だたる名門が並ぶこととなった。ベントレーは長らくロールス・ロイスのサブブランドだったが、フォルクスワーゲンは自社の部品を流用して従来よりも価格を下げた新しいモデルを量産し、大ヒット作となった。一方でブガッティに関しては技術の粋を尽くし、最高速度400km/hに達する超弩級スーパーカーを販売するメーカーとして再構築されることとなった。

>>次ページ
ポルシェとの経営統合、そして世界一へ

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この記事へのコメント 2

  • Zenn のプロフィール写真 Zenn より:

    フォルクスワーゲンはポルシェ博士が創業して、最初からドイツ国民車を目指したんですね。ディーゼル車の不正問題をどうやって克服していくのか(大企業病でしょうね)、これからが見ものといった感じですか。

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  • リリオ のプロフィール写真 リリオ より:

    このサイトのおかげで外国車の歴史や現状を勉強する事が出来ました。私自身は日本の車が大好きですがドイツのメーカーも応援したくなりました!

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Kotaro Harakawa のプロフィール写真
writer, medical doctor, JAPAN MENSA member


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