フォルクスワーゲンの歴史 – 国民車から世界一の自動車メーカーへ

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ポルシェとの経営統合、そして世界一へ

フォルクスワーゲン・ザ・ビートルhttps://commons.wikimedia.org

規模の上では急速に拡大したフォルクスワーゲンだったが、利益率の面ではメルセデス・ベンツやBMWといった他の欧州の自動車メーカー、或いは日本のトヨタなどと比べても、依然として隔たりがあった。そんな中、2005年頃からフォルクスワーゲン買収に意欲を見せたのが、古くから縁の深いポルシェ社であった。

ポルシェ社は1990年代には経営難に陥っていたものの、その後は種々の合理化により安定した経営基盤を築くことに成功、将来に至るまでの独立した自動車会社としての生き残りを賭けて、持ち株会社によるフォルクスワーゲンの株式取得を進め、フォルクスワーゲンを完全子会社化して上に立つことを狙っていた。彼らの目論見はフォルクスワーゲンの不採算部門を切り捨てて合理化を図り、世界一の自動車会社を目指すことにあった。

ところが2008年のリーマン・ショックにより、ポルシェ社の経営を支えていた主市場である北米での売れ行きが急激に悪化する事態に陥った。フォルクスワーゲンは逆にポルシェ社の株を取得して、ポルシェをグループ内に吸収することに成功し、更に規模を拡大することに成功した。

また、この時期のフォルクスワーゲンにとっては中国市場の急激な成長も追い風になった。古くから中国に進出していたフォルクスワーゲンであったが、中国市場は年間2,000万台超を越える市場規模に成長、フォルクスワーゲンはその中で20%前後の販売シェアを獲得している。

2005年頃、ポルシェと一緒になる前のフォルクスワーゲンの生産台数は500万台に満たなかったが、2014年には遂にグループの年間販売台数が1,000万台の大台を突破、更に2014年度、2015年上半期ではそれぞれトヨタ自動車の販売台数を僅差で上回り、遂に世界一の自動車会社へと上り詰めることとなった。

とはいえ課題は多く残っている。

利益の多くはアウディとポルシェといった高級ブランドに依存しており、また販売台数の3分の1以上が中国市場に依存する状況が続いている。世界一となったフォルクスワーゲンがその地位を確固たるものに出来るかは、特定のブランドへの依存からの脱却に加え、中国景気の減退に伴うカントリーリスクをコントロールできるかがカギとなっている。

さらに、2015年9月には、アメリカ環境保護局の指摘により、アメリカで販売したディーゼル車約50万台に関し、排ガス規制をクリアするために、リーマンショックで販売不振に陥った2008年以降から不正を行っていたとの報告がなされている。フォルクスワーゲンはこの不正を認め、対象モデルのディーゼル車の販売を中止するとともに、現在事実関係の調査を行っている。

最大180億ドル(約2兆1600億円)の制裁金に加え、刑事訴追の可能性もあることから、発表翌日の株式市場では時価総額の4分の1(約2兆円)が失われるという、フォルクスワーゲンの未来を左右する重大な事件となっている。失った信頼を取り戻し、以前の勢いを取り戻すためには、「世界一」を堅持するために販売を加速させるばかりではなく、コンプライアンスというブレーキを機能させることで、不正を生んだ企業体質から脱却出来るかにかかっている。

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フォルクスワーゲン歴史年表

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この記事へのコメント 2

  • Zenn のプロフィール写真 Zenn より:

    フォルクスワーゲンはポルシェ博士が創業して、最初からドイツ国民車を目指したんですね。ディーゼル車の不正問題をどうやって克服していくのか(大企業病でしょうね)、これからが見ものといった感じですか。

    1
  • リリオ のプロフィール写真 リリオ より:

    このサイトのおかげで外国車の歴史や現状を勉強する事が出来ました。私自身は日本の車が大好きですがドイツのメーカーも応援したくなりました!

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Kotaro Harakawa のプロフィール写真
writer, medical doctor, JAPAN MENSA member


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