「高福祉国家」ドイツから見える日本の福祉計画の未来

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財源の「見える化」がもたらす安心感

もちろん、日本と比較してドイツの方が福祉施策自体が充実しているということは、国民が不満を抱きづらい環境になっていることの大きな理由ではあるだろう。ドイツはビスマルクによって世界で初めて社会保障という概念が始まった国であり、世界を代表する「高福祉国家」という看板は伊達ではないと言える。

しかし、福祉施策や社会保障が手厚いということだけであれば、高い国民負担率に対して納得できる国民ばかりというわけではないはずだ。ドイツの福祉施策に対して国民からの不満が少ない最大の理由は、社会保障財源がとても明確に「見える化」されているからではないだろうか。

ドイツにおける福祉財源は、年金、介護、公的扶助など明確にどの施策に使われているかということがはっきりしているし、国民の制度に対する認知度も日本と比べると格段に高い。ドイツでは「負担が増えても、その分福祉が充実するのであれば仕方ない」という発想が支配的であり、実際に目に見える形で施策を行おうという努力が垣間見える。

他方、日本国内を振り返ってみると、政府による費用増大の説明や国民の理解がないままに社会保障費だけが増加してゆき、負担増大に伴う福祉施策の充実といったものがなかなか見えて来ないという現状がある。加えて、介護保険にしろ年金にしろ、制度の破綻に関する議論ばかりが先行して、国民の不安が必要以上に煽られている。年金未納者が減らないことは、その最たる例だろう。政府による不安を解消するための説明もなく、将来に希望を持てずに負担が増大していくことが、日本の福祉に対する不満の根底にあるのではないだろうか。

自分の支払ったお金がどのように使われているかということが分からないというのは、なんともおかしな話である。日本においては福祉施策の充足以前に、まずこの「見える化」という根本的な問題があると言えるだろう。この部分が解消されない限りは、日本において福祉に対する悲壮感や閉塞感は拭えない。

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「高福祉国家」が破綻する明日

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文蔵 一郎 のプロフィール写真
1989年北海道生まれ。北海学園大学法学部卒業後、官公庁に入庁し2年ほど実務を経験する。在職中に一念発起しフリーライターとして独立することを決意。退職後「元公務員ライター」として2016年から独立。大学時代から国際政治を専攻しており、幅広い見地と視野から国内外の政治経済の動向を見定められるよう奮闘している。


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